かつて、英語教員になることを目指していた私は、2005年8月から約1年間、大学の交換留学制度を使って渡米しました。
協定校は、ワシントン州の州都オリンピアにあるエヴァーグリーン州立大学。
ワシントンと聞くだけで「大都会だ!」という反応を何度もいただいてきましたが、ワシントンD.Cではなく、西海岸の最北部にある州の方です。
韓国の仁川空港を経由し、Sea-Tac空港に到着すると、そこから始まった留学生活は後悔の連続でした。
特に強く悔やまれたのが、リスニング力の圧倒的な不足。
英語が聞き取れないのです。
外国語習得は、主に「listening(聞く)、speaking(話す)、reading(読む)、writing(書く)」の4技能に細分化されますが、この中でもlisteningがいかに大事だったかを即痛感しました。
読むことが苦手でも、辞書を使うと、時間をかければ理解することができます。
書くことも、辞書を使えば拙いながらに意思を伝えることは可能です。
話すことが苦手でも、単語を並べたり、書いて伝えることはできるでしょう。
しかし、聞くことができなければ、日常のコミュニケーションの門戸が開かないのです。
何度聞き返しても理解できないことも多く、曖昧な反応しかできない日々が続いていました。
きっと、「こいつはわかってないな」というのは相手にも十分伝わっていたはずです。
そんな苦しい留学生活が一カ月ほど経った2005年9月30日、友人が野球観戦に誘ってくれました。
場所は、同じくワシントン州のシアトルにあるSafeco Field。
メジャーリーグ、シアトルマリナーズの本拠地にて、アスレチックスとの試合でした。
日本でも数えるほどしか野球観戦をしたことがない私。
世の熱狂的な野球ファンの方を差し置いて生のメジャーリーグを体感していいのかな、と恐縮しつつもホットドッグを片手にちゃっかり応援モード。
もちろん、ホームであるマリナーズの応援です。
初のメジャー観戦で、それまでの試合を知らない者が簡単に口にできることではありませんが、その日の会場の空気は、ある一人の選手が作っていたことを肌で感じました。
それが、イチロー選手です。
イチロー選手を拝めるだけでも十分刺激的な経験だったのですが、なんとその試合が、イチロー選手のシーズン200本安打が達成された日となりました。
ホームもアウェイも関係なく、球場の全員がイチロー選手の打席に注目し、快挙を達成した瞬間は歓喜のエネルギーが生み出す一体感に圧倒されました。
まだ若かった私は、自分が何も成しえていなかったにも関わらず、イチロー選手と同じ日本人であることを勝手に誇りに思ったものです。
そして、海外で活躍するイチロー選手の姿に背中を押され、アメリカでの生活を頑張っていこうとアクセルを踏み込めた転機でもありました。
あれから14年。
一日としてその日のことを忘れたことがないと言えば、それは嘘になります。
しかし、今回の引退を通じて、あの感動を思い出す機会をいただきました。
「自分なりに頑張ってきたとははっきりと言える」生き方を、勝手ながらお手本とさせていただきつつ、今日からの人生を活力あるものにしていきたいと思います。
イチロー選手、お疲れ様でした。